下関で生まれてからの私の音楽人生
幼稚園時代両親にムリヤリオルガンを習わされた。
その後、ピアノに興味を抱いたけど、両親に諦めさせられた(ヒドイ!)
小学生でガットギターを弾くというよりは音を鳴らして遊んでた。
合唱部にも入って、ソプラノを歌っていた。厳しい練習が嫌だった。
中学生でフォークギターを始めて、毎日毎日飽きもせずに弾いていた。
高校生でバンドに誘われ、ガラにもなくリードギターを弾いていた。
卒業後は暫く音楽から離れていた。
その頃、デザイン会社で、グラフィックデザイナーとして仕事をし、
すぐに独立してフリーランスとして、デザイン、コピーライティングを主に広告の仕事に夢中だった。
ある出逢いから、シンガーデビューが突然決まり、ボイストレーニングを受けた。
デビュー直前で白紙に戻り、勧められて作詞家になった。
音楽出版社スペース・デンで作詞活動。オユンナのコンペ等に参加。
山口由子さんともコラボレーション。(ボツったけど、この時彼女の曲に魅了された。
まだデビュー前だった)
プロデューサーに「おまえは作詞家で成功できる」って云われたけど、
その後、作家の需要はどんどんなくなっていった。やっぱり歌いたかった。
この頃は特に、波乱万丈だった。
何人かのミュージシャンとユニットを組んでアーティスト活動を始めたけど、うまくいかず、
結成・解散を繰り返し、結局ソロで活動。作曲を始めた。
ソロになってからいくつかのオーディションを通過した。
「Atelier Secilia」で「さみしさの居場所」をリリース。
現在は、ナレッジ・エムエーで、CDのプロモーション、流通を委託。
現在、曲作りはシンセサイザーを使っている。ピアノはもうない…でも欲しい…。
6年前に何故か友達のピンチヒッターを頼まれ、シャンソンLiveに出演した。
2003年にCDをリリースして初めてLiveをするようになった。
2005年軽井沢でのLiveが実現した。現在は、都内を中心にLive活動。